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奈良地方裁判所葛城支部 昭和62年(ヨ)94号 判決 1990年7月11日

主文

一  債務者らは、別紙当事者目録記載の番号一ないし六三四番の債権者らのために、自ら又は第三者をして別紙差止工事目録記載の宅地造成工事を続行してはならず、かつ、これに続く同造成宅地上の大学々舎等の建築工事を着工してはならない。

二  別紙当事者目録記載の番号一ないし六三四番の債権者らのその余の各申請並びに同目録記載の番号六三五ないし六八一番の債権者らの本件各申請をいずれも却下する。

三  申請費用は債務者らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

(主位的申請)

1 債務者らは、別紙災害防止工事目録記載の各工事(以下「本件災害防止工事」という。)を実施せよ。

2 主文第一項と同旨。

3 債務者らは、別紙差止工事目録記載の各工事(以下「本件各工事」という。また、このうち宅地造成工事を「本件造成工事」といい、同造成宅地上の大学々舎等の建築工事を「本件建築工事」という。)の工事用事輌をもって別紙図面赤線部分の道路(以下「本件道路」という。)を自ら通行し、又は第三者に通行させてはならない。

(予備的申請)

債務者らは、本件災害防止工事を施工完了するまで別紙差止工事目録記載中の開発区域・宅地造成区域内の土地(以下「本件開発区域」という。)に大学々舎等建築構造物一切を建築してはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  債権者らの各申請を却下する。

2  申請費用は債権者らの負担とする。

第二  当事者の主張<省略>

第三  疎明関係<省略>

理由

第一  本件開発許可等と本件各工事について

一  当事者

1  債務者谷岡学園が大阪商業大学を経営しており、現在大阪府東大阪市に学舎を有していること、同債務者は本件開発区域を取得し所有しており、同所に大学々舎を建設して移転させる計画を有していること、同債務者が本件開発区域につき奈良県から宅地造成工事及び開発行為の各許可を受けて本件造成工事に着手しており、更に本件建築工事を実施しようとしていることは当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨によれば、債務者谷岡学園が香芝町への移転を計画しているのは、大阪商業大学の一、二年次の教養課程用学舎とその付属設備建物についてであることが認められる。

2  債務者村本建設が債務者谷岡学園から本件各工事を請け負いこれを施工しようとしている土木建築業者であることは当事者間に争いがない。

3  <証拠>によれば、別紙当事者目録記載の番号一ないし六三四番の債権者らはいずれも本件開発区域に隣接する関屋地区に居住していること、同目録記載の番号六三五ないし六八一番の債権者らは穴虫地区及び田尻地区に居住していること、関屋地区の債権者らのうち本件開発区域から一〇〇メートル以内の距離に居住する者が二〇数名おり、同地区ではそれ以外の者も概ね五〇〇メートル以内の所に居住していること、債権者らの多くが本件道路を通勤・生活道路として使用し、あるいはその子供らが通学・通園道路として使用している住民であることが認められる(債権者らの中に関屋地区、穴虫地区又は田尻地区に居住している者があることは当事者間に争いがない。)。

二  本件開発許可等と本件各工事の進行

以下の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

1  債務者谷岡学園が昭和五七年七月七日奈良県知事から本件開発区域における大学々舎建設につき開発行為の許可(第二二-三七号)及び宅地造成に関する工事の許可(奈良県指令建第二三-一四号)を受け、債務者村本建設がこれに基づき同六一年七月一六日本件造成工事に着手した。

2  その後、債務者村本建設が本件造成工事につき切土勾配や切土・盛土の高さ等につき設計変更を行い、同六二年以降右設計変更にかかる造成工事を施工してきた。

3  債務者谷岡学園が同六三年六月二〇日奈良県知事から本件開発区域における大学々舎建設につき右設計変更後の工事として開発行為の変更許可(第二二-三七-一号)を受けるとともに、新たに宅地造成に関する工事の許可(奈良県指令建第四三-二四号)を受け、同年一〇月一四日には同知事から本件造成工事につき開発行為及び宅地造成に関する工事の各検査済証の交付を受けており、債務者らは引き続き本件建築工事に着手しようとしている。

三  関発許可等の違法性

1  本件開発区域が市街化調整区域であることは当事者間に争いがない。

2  債権者らは、債務者谷岡学園の受けた本件開発許可が都市計画法三四条所定の要件を具備していないから違法であると主張するので、この点につき検討する。

都市計画法三四条は、市街化調整区域における開発行為につき同条各号に定める事項に該当する場合でなければ開発許可をすることができない旨を規定しているところ、本件開発行為が一〇号ロの要件を含め同条同号のいずれかの要件を明確に具備することを是認するに足りる疎明資料はない。しかし、同条による開発行為の規制は専らその立地性の観点から行われるものであるから、仮に本件開発許可につき右の要件の存否に問題があるとしても、これにより直ちに本件において債権者らが被保全権利として主張する人格権若しくは環境権の具体的侵害を来すとは解し難いところである。従って、右の点をもって被保全権利の存在ないし保全の必要性を肯認することはできず、本件仮処分申請の当否に影響を及ぼすものではない。

3  次に、債権者らは本件開発許可が都市計画法施行令二五条四号の要件を欠く旨主張するが、前記一判示の事実によれば、本件開発行為は債務者谷岡学園において自己の経営する大学を本件開発区域に移転設置しようとするものであり、従って都市計画法三三条一項本文の「主として自己の業務の用に供する住宅以外の建築物の建築の用に供する目的で行う場合」に当たると解するのが相当であるから、同項二号及び同法施行令二五条四号の適用を受けないというべきであり、本件開発許可に違法があるとはいえない。

四  開発許可等に付せられた条件の違反について

1  債権者らは、昭和五七年七月の開発許可・宅地造成工事許可につきその許可時点では本件各工事についての債権者ら住民の同意がなかったが、同意の見込みであるとの香芝町の副申書に基づき許可されることとなり、従って右各許可は本件造成工事の着手までに債権者ら住民の同意を得ることを条件としたものであるところ、債務者らはこの条件に違反して債権者ら住民の同意を得ないまま本件造成工事に着手した旨主張する。

ところで、<証拠>を総合すると、昭和四七年ころ本件各工事の計画が生じた後、債権者らを含む関屋地区、田尻地区等本件開発区域に隣接し若しくは近接した地域の住民の中にはこれに反対する者も現れ、相当数の住民が右工事に伴い交通事情の悪化や環境破壊が予想されるとして、奈良県や香芝町に対し交通問題等について適切な対策を取るよう再三にわたり要望を繰り返してきたこと、また右住民と県、町や債権者らとの間で説明会や協議会が開催され、その過程で解決策が模索されてきたこと、右工事の実施につき同五七年当時において奈良県及び香芝町は関屋自治会長等の同意は得たものの、近鉄住宅、青葉台地区等の各自治会住民の同意は得られないまま、同年七月七日に至り本件開発許可等がなされたことが認められる。しかし、右の事実を前提にしても、債権者らから本件各工事について同意を得ることが前記各許可において工事着工の条件とされたとまでは断じ難いところである。<証拠判断略>。

2  次に、債権者らは、本件各許可において債権者らに対し工事中の交通災害防止のため本件道路に歩道を設置することが義務付けられたにもかかわらず、債務者らはこれに違反し何ら歩道を設置することなく本件造成工事に着手続行したと主張するので、この点につき検討する。

<証拠>を総合すると、本件道路は従来から田尻地区等に居住する児童及び幼稚園児が香芝町立関屋小学校及び関屋幼稚園に通学・通園するための指定通学路となっていること、そのため本件各工事の計画が生じてからは同小学校・幼稚園関係者らから本件道路につき歩道を設置するよう香芝町に対し再三要望が提出されてきたこと、同五七年七月七日付本件宅地造成工事許可書の工事の概要中には、工事中の危害防止のための措置として、「交通災害防止の為歩道を設置し交通の要所に整理員を配置」との記載があること、奈良県における開発行為許可要綱に定める技術基準である同五四年六月一日付「開発行為に関する技術基準」においては通学指定路線は原則として工事用に使用できず、歩道をガードレール等で分離し横断には歩道橋を設置する場合にのみ工事用に使用できるものとされていることが認められ、これらの事実に<証拠>の記載をも併せると、奈良県知事は同五七年七月七日付の前記各許可に当たり、債務者谷岡学園に対し工事中の交通災害防止のため工事用車輌が走行する本件道路に歩道を設置することを義務付けたことが認められる。

しかるに、前掲各疎明資料によれば、債務者らは、本件道路に歩道を設置することなく本件造成工事に着手しこれを続行したことが明らかであり、従って、右の点は債務者らにおいて前記各許可の内容をなす「工事中の危害防止のための措置」を行う義務に違反するものというべきである。債務者らは、本件においては道路拡幅、白線による歩車道の分離、警備員の配置による安全対策が考えられているので、右基準を充たしていると主張し、<証拠>中にもこれに沿う部分があるが、前記技術基準における「歩道をガードレール等で分離し横断には歩道橋を設置する」との記載に照らせば、右は物的道路施設を設置して歩車道を分離し児童・園児ら歩行者の安全を確保することを要求する趣旨であると解すべきであり、前記主張は採用することができない。

第二  本件道路における工事用車輌による被害について

一  本件道路の状況

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件道路は、別紙図面のとおり香芝町穴虫地区内で国道一六六号線と接しており、同所から町道二-一五七号線(関屋・田尻線)として約五〇メートル北方に至って国分九号踏切で近鉄大阪線と交差し、同踏切から同線路沿いに北側を約八〇〇メートル東進すると同線関屋駅前に至り、同駅前交差点から町道二-一五六号線として北方に向かい西名阪自動車道の陸橋下に至り、更に都市計画道路尼寺・関屋線、町道二-三二号線(通称柳通り)を経て本件開発区域内に位置する町道二-一号線に接続し、本件開発区域の進入路に至っている。なお、本件道路の全長は約一三〇〇メートルである。

2  本件道路のうち町道二-三二号線及び都市計画道路尼寺・関屋線については両側に歩道が設置され二車線とされているが、その外の部分はもともと車線区分がなく、町道二-一五六号線の片側のみブロックやガードレールで歩道部分が設けられているもののそれ以外には歩道はない。もっとも、町道二-一五七号線のうち国分九号踏切から関屋駅前までの間は、道路北端に白線が引かれて路側帯部分が形成されている。本件道路の幅員は一様ではないが、町道二-一五七号線及び同二-一五六号線については全体に狭隘であり、後記のとおり債務者らにおいて待避所等を設置しかつ香芝町によって町道二-一五七号線の一部が拡幅されたものの、現在においても関屋駅前西方では幅員が約五九〇センチメートル(但し、電柱が設置されているため有効幅員は約五四〇ないし五五〇センチメートルとなる。)しかなく、その外町道二-一五七号線については六〇〇ないし七〇〇センチメートル程度の幅員箇所が多い。従って、右町道二-一五七号線では全般に普通乗用車同士の離合は可能であるが、大型自動車と普通乗用車との離合はしにくい箇所があり、大型自動車同士では離合不可能若しくは困難なところもある。また、国分九号踏切の幅員は最小で四八○センチメートル程であり、国道一六五号線方面から関屋駅前方面に向かう場合には踏切北側で鋭角に左折することとなるので、普通乗用車同士でも同踏切において離合することは困難である。

3  ところで、関屋地区は市街化調整区域とされているが、合計七五〇世帯を超える住宅の存在する住宅地であり、その最寄り駅は穴虫・田尻地区と同様前記近鉄大阪線関屋駅である。関屋地区住民にあっては、その位置関係等から、近鉄大阪線若しくは国道一六五号線を利用して大阪方面に通勤・通学をし、あるいは買物等に赴く者が多い状況である。関屋地区、田尻地区から国道一六五号線に至るには、本件道路の他に二、三の連絡路がなくはないものの、右はいずれも大幅に迂回することを余儀なくされしかも本件道路以上に狭隘な道路であるから、結局本件道路を利用するのが距離や道路幅員からみて最も便利であるといえる。また、前記判示のとおり本件道路は田尻地区等の児童・幼稚園児の指定通学路とされており、約五〇名の児童らが徒歩で通学・通園に本件道路を利用している。従って、本件道路は関屋地区及び田尻地区等の住民にとって買物・通勤・通学に必要不可欠な重要な道路であるということができる。

4  本件道路のうち関屋駅前から国分九号踏切にかけての車輌の交通量は、昭和六〇年ないし六二年時点において一日当たり少なくとも二〇〇〇台を下らない状況である。これと道路の幅員や関屋駅前周辺の整備状況からすれば、本件道路のうち特に町道二-一五七号線及び同二-一五六号線については道路の容量と対比して交通量は少なくないというべきである。以上の認定を覆すに足りる疎明資料はない。

二  工事用車輌の走行と債務者らの行った拡幅等工事

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

1  債務者らは、昭和六一年七月に本件造成工事に着手した以降、コンクリートミキサー車、ダンプトラック、資機材運搬車等の工事用大型車輌を本件開発区域まで走行させる必要が生じ、右各車輌を本件道路を使用して往復走行させており、同六二年八月までの時点で一日当たり最大三六往復の回数を数えている。なお、前記判示のように債務者谷岡学園は同六三年一〇月に奈良県知事から本件造成工事につき工事完了の検査済証の交付を受けており、以後は工事用事輌の走行が中断されている状況であるが、更に本件建築工事を行うに至れば更に本件道路において相当台数の工事用車輌を走行させることが予定されている。

2  債務者らは、本件造成工事を開始するに当たり、若しくは右工事を開始した後、車輌の離合を容易にし交通渋滞を緩和する等の目的で町道二-一五七号線に長さ約四〇ないし六〇メートル、幅二メートル程の待避所四箇所を設けている。また、これとは別に、香芝町において町道二-一五七号線及び同二-一五六号線の一部につき拡幅工事を行っており、本件道路と国道一六五号線とが接続する交差点についても右左折等が容易となるよう拡張工事がなされている。更に、債務者らは、本件開発区域の入口等に常時警備員を置いている外、工事用事輌の走行台数の多い日には国分九号踏切、町道二-一五七号線上、関屋駅前等にも警備員を配置し、交通の円滑化及び交通事故防止を図ってきた。

3  本件造成工事の着工後現在に至るまで、債務者らの工事用車輌による交通事故は全く発生していない。また、右工事用車輌の走行の影響を受けたことによって交通事故若しくはトラブルが発生したと認められるような事情も窺えない。

以上の認定を覆すに足りる疎明資料はない。

三  工事用車輌による債権者らの被害の有無

前記判示のとおり、債務者らは本件各許可に際し義務付けられた歩道の設置を怠っているのであるから、本件各工事を続行するとすれば本件道路につき必要箇所については用地を確保したうえ歩道を設置すべきこととなる。

しかしながら、本件道路は特に町道二-一五七号線の相当部分に狭隘な箇所があり、交通量も少なくない状況であるとはいえ、債務者らが待避所の設置、警備員の配置等の措置を取っており、しかも前記のように現在に至るまで交通事故や交通上のトラブルが発生していないという実績に照らせば、債権者ら側の自己防衛努力を考慮に容れても直ちに本件各工事に伴う工事用車輌の走行によって債権者らの生命・身体・健康が脅かされるとまでは解することができない。従って、この点に関する債権者らの主張は理由がない。

第三  本件各工事による災害発生の危険性について

一  本件開発区域の地形・地質的特性

1  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件開発区域は奈良盆地の西南部で近鉄大阪線関屋駅北方約一キロメートルに位置している。本件開発区域の北方にはほぼ北東から南西方向に標高二〇〇ないし二五〇メートル程の尾根筋が延びており、尾根の北側の大和川に面する斜面は三〇度を超える急斜面を形成しているが、本件開発区域を含む南側斜面は概ね二〇度前後の斜面となっている。本件開発区域の南側には五度前後の緩傾斜となって住宅地として利用されている関屋地区が続いている。本件開発区域の西部と東部にはそれぞれ南北に延びる谷が切れ込んでおり、谷底に面する部分では約二五度の斜面をなす箇所もある。

(二) 本件開発区域を含めた付近一帯の地質は、領家帯に属し領家花崗岩類が基盤岩をなして分布するが、本件開発区域付近ではその上層に安山岩溶岩、凝灰岩、泥岩、砂岩、礫岩層からなる二上層群が存在する。本件開発区域は「明神山火山岩」と称される安山岩を主体とし凝灰岩も挟在する地層が形成されている(本件開発区域が明神山火山岩層の存在する地域であり安山岩を主体とする地質を有することは当事者間に争いがない。)。

(三) 本件開発区域の北方一キロメートル以内には、大和川左岸沿いに活断層、即ち最近二〇〇万年以内に活動したことが確実でありしかも将来再び活動することが予測される断層である大和川断層が存在している(本件開発区域の近くに活断層である大和川断層が存在することは当事者間に争いがない。)。一般に大和川断層のような規模の大きい断層の近辺には平行又は垂直方向に多数の小さな副断層が存在することが少なくなく、こうした地域において宅地造成等の開発行為を行う場合には、副断層の存在が表層崩壊の誘因となって災害を引き起こす危険が高い。

以上の認定を左右するに足りる疎明資料はない。なお債務者らは、活断層は現実に動きつつある断層という意味ではなく、その将来の活動も数千年ないし数万年に一度の確立で起こり得るに過ぎないから、そのような抽象的な断層活動の可能性を判断の一資料にすることは相当でないと主張するが、右のとおり活断層に近接した地域は複雑かつ不安定な地質・地盤であることが多く、それ自体が造成工事等の障害となり易いのであるから、単に断層活動の確率をもって安全性を判断し地質調査を軽視すべきではなく、本件各工事の設計施工に当たり本件開発区域が大和断層から間近であることを十分に考慮する必要があるというべきである。

2  <証拠>によれば、本件開発区域の東南方約数百メートルの西名阪自動車道路沿いの地点に一本の小断層が、更にその南方数キロメートルの屯鶴峯東方の地点にも一本の小断層がいずれも大和川断層とほぼ平行に走っており、その近辺にはそれとほぼ直角方向に褶曲軸を持つ小褶曲が存在していること、また債務者らが昭和六二年四月ころまでに行ったとする弾性波探査の結果、本件開発区域内において東側谷及び西側谷で一箇所ずつ低速度帯が発見されており、更に同四七年二月ころに行われたボーリング検査の結果本件開発区域内西側の谷付近で破砕帯と思われる箇所が二箇所発見されていること(債務者らが本件開発区域内で行った弾性波探査において低速度帯が発見されたこと及びボーリング検査の結果書面中に「破砕帯と思われる」等の記載のある箇所があることは当事者間に争いがない。)、これらを結ぶ線は大和川断層や前記各小断層の走行方向と概ね一致していることが認められる。以上の事実に<証拠>を総合すると、右低速度帯は断層破砕帯である疑いがあり、更には本件開発区域内において副断層が存在する可能性があるものと認めるのが相当である。また、前掲各疎明資料によれば、断層破砕帯では岩盤が脆弱であり、その存在が宅地造成工事等の際地滑り等の災害を引き起こし易い条件となるものであるから、傾斜地の造成工事に当たり低速度帯が発見された場合には特に右発見箇所付近の状況を詳細に調査して断層破砕帯の存否等につき実態把握に努める必要のあることが認められる。

この点、債務者らは、右低速度帯や「破砕帯と思われる」との記載箇所は、冷却節理の存在によるごく局部的な亀裂の密集帯に過ぎず本件造成工事の障害となるものではないと主張するが、これを裏付けるに足りる客観的疎明資料はない。

3  次に、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件開発区域は、既述のように安山岩を主体とし凝灰岩も存在する岩質を有しているが、これを詳細に見ると、右区域内では広範囲にわたって表層部に凝灰岩層が形成されており、かつ安山岩層の間にも相当の範囲にわたって凝灰岩が挟在している。凝灰岩は火山灰や火山性砂礫を主成分とする地層であり、風化に対して極めて弱く容易に粘土化する性質を有し、他の岩石中に挟まれた凝灰岩が粘土化しそれが滑り面となって地滑りを引き起こす危険があるから、凝灰岩の多い傾斜地にあっては開発に十分な注意が必要となる。一方、新鮮な安山岩自体はもともと硬質な岩石であるが、これも風化を受けるに連れて軟質化し土砂に変化していく。本件開発区域内の安山岩については随所で風化が進行して節理が発達しており、表層から約一五ないし二〇メートルの深部にまで風化が及んで粘土化した箇所も見受けられる。このような地質を前提にすると、本件造成工事における切土・盛土により節理から浸透した水分によって安山岩層の風化がさらに促進され崩壊・地滑り等の危険が増すおそれがある。

(二) しかも、本件開発区域内の地層を形成する火山岩は、前記のとおり節理が発達しているとともに、右区域内で全体的にその節理の傾きが地形の傾きに平行するいわゆる「流れ盤」の構造を呈しており、特に東側上部の切土部分、西側切土部分、東側下部の谷筋等では相当大規模の流れ盤が見受けられる。右のような流れ盤の地層を切土すれば、その地層の支えがなくなり不安定となって節理に沿い容易に滑り出す危険性があり、このために切土勾配を緩くし、あるいは法面アンカー工を実施する等の対策が要求される。

債務者らは、本件開発区域内には硬岩である安山岩が広く分布していて凝灰岩は局部的に分布するに過ぎず、全体として岩体も岩片も非常に硬く風化帯の進度も浅い状態にあり、極めて強固かつ安定した地盤であると主張し、その根拠として<証拠>の土地分類基本調査に基づき作成された「表層地質図」や<証拠>の日本住宅公団関西支社作成の「近畿圏における地質系統分布図」を掲げるが、その縮尺は前者で五万分の一、後者については一〇万分の一というものであり、右各地図からは広範な地域についての地質的特色や特定地点の大まかな地質状況を知ることはできるものの、これをもって本件開発地域の詳細かつ正確な地層・地質を把握することは到底できないと考えられる。しかも、<証拠>によれば、右各地図の表示は新鮮で風化を受けていない岩石・岩盤を前提にしたものであり、従ってその記載が直ちに債務者らの右主張を根拠付けるものではない。また、債務者らは、乾湿繰返し試験の結果により本件開発区域内の岩が非常に耐久性に富むことが確認されたとし、<証拠>にはこれに沿う記載があるが、本件全疎明資料をもってしても右検査に供された岩石が本件開発地域全体の岩石の性状を代表するものであると認めることはできず、試料の個数や採取場所の分布等を考慮すると右試験は極めて不十分なものに止まるといわざるを得ない。かえって、<証拠>によれば債務者村本建設は本件造成工事の設計において本件開発区域全般を「軟岩」と想定していることが明らかであるし、前記ボーリング調査によっても明らかに債務者らの主張とは異なる結果が出ていること等からすると、債務者らの前記主張は採用し難い。

次に、債務者らは、本件開発区域内では節理が流れ盤となった箇所は部分的に存在するに過ぎないと主張し、<証拠>中にはこれに沿う部分があるが、右は前掲各疎明資料と対比するとたやすく措信することができない。

なお、債務者らは、ボーリング調査のデータに凝灰岩が多いのは地表踏査の結果凝灰岩が分布していると推定される場所を重点的に調査したからに過ぎないと主張するが、本件全疎明資料によるも右のような推定が可能となる地表踏査が行われたのか否か明らかではないし、かかる場所を重点的に調査する合理的理由も理解し難く、ボーリング調査が地層分布を把握するため等に行われるものと考えられることからすれば右は本末転倒の主張ともいえ、これもまた採用することはできない。

他に前記認定を覆すに足りる疎明資料はない。

4  <証拠>によれば、明治二二年ころまでに作成された参謀本部陸軍部測量局作成の二万分の一の地形図には本件開発区域付近において崩壊地形が多数存在したことが認められる。また、<証拠>を総合すると、本件開発区域の西側谷筋の奥では広範囲にわたって表層部の崩壊した痕跡が見受けられること及び東側の谷筋等には火山岩層の上にかつて生じた土石流によって堆積されたと思われる層が相当厚く存在していることが認められる。また、本件開発区域に近接して地滑り地帯である亀の瀬地域があることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、亀の瀬地域における地滑りは脆弱な粘土質の層の上に荷重の大きな熔岩が乗っており、しかも火山岩層が流れ盤構造となっていること等がその原因と考えられること、一方本件開発区域には安山岩層の間に粘土化し易い凝灰岩が挟在しており、しかも流れ盤構造が多く見られること、従って本件開発区域は地滑りの発生につき亀の瀬地域と類似した状況があることが認められる。これらの事実に照らせば、本件開発区域に土石流や地滑り、崩壊等の発生し易い条件が存在することが首肯できる。

<証拠判断略>

5  以上のとおり、本件開発区域は地形的、地質的に崩壊、地滑り、土石流等の災害を生起し易い種々の素因を有しているということができ、このような地域においてその斜面の中腹を切土しかつその土を使って大きな谷を盛土したうえ、そこに多数の建築物を構築してその荷重を地盤にかけることになれば、全体の土圧バランスを崩すことにもなり、災害発生の可能性を一段と高めることとなると解される。従って、本件開発区域内における開発行為については、岩盤の詳細な分布状況や前記断層破砕帯の存否等につき現地踏査等による十分な調査を行ったうえ、できる限り自然環境のバランスを破壊しないよう留意した設計施工がなされるべきものと解される。

二  本件造成工事の設計施工上の問題点

1  本件各工事における法的規制

本件開発区域が市街化調整区域にあることは既述のとおりであり、<証拠>によれば、本件開発区域は宅地造成工事規制区域内及び砂防指定地域内にあることが認められる。従って、本件造成工事は都市計画法、宅地造成等規制法及び砂防法の適用を受け、右各法規とこれに基づき制定施行された政令・規則に適合するようその設計施工がなされなければならない。ところで、<証拠>によれば、砂防指定地内における宅地造成等工事を実施する場合、各都道府県毎に新たな基準を作成する場合を除いて前記砂防指定地審査基準をもってその審査基準とされていること、奈良県においては新たな基準は作成されておらず、従って砂防指定地審査基準が同県の審査基準として運用されていること、また本件開発区域を含む大和川流域では一ヘクタール以上の宅地開発等に伴い洪水調整を目的として設置される調整池の技術基準は、昭和六一年五月に作成された「大和川流域調整池技術基準」をもって運用されていることが認められる。これによれば、本件造成工事における技術基準は前記審査基準等に準拠すべきこととなるから、工事の安全性の有無はこれらの基準を充足しているか否かで一応判断することができ、仮に工事が右基準に適合しない場合にはその安全性に問題があると解するのが相当である。

なお、債務者らは、「大和川流域調整池技術基準」につき砂防法の許可を得た昭和五七年当時にはそれが存在していなかったのであるから本件に適用する余地はないと主張するが、本件造成工事については既述のとおり設計変更によって右基準が作成された後である同六三年に新たに開発行為の変更許可及び宅地造成工事の許可がなされているのであるから、右の点をもってその適用がないと解することはできないし、本件造成工事の形式的な右基準違反の有無が問題ではなく、実質的な安全性の指針を右基準の具体的内容に求めて判断することを相当とするものであるから、右主張は理由がない。

2  事前調査の不備

(一) 前記判示のとおり、本件開発区域は活断層の近くに存在しており、しかも断層破砕帯の存在が疑われること、地質的にも表層部から岩石の風化が進んで軟質化しており、流れ盤構造の箇所も少なくないこと、同区域の内外で崩壊や土石流の痕跡もあること等から、本件各工事の設計施工に際しては災害防止のために十分な地形調査・地質調査が必要不可欠である。

そこで、その状況を検討するに、債務者らは債務者村本建設において本件造成工事の設計施工に当たり地形調査・地質調査等事前に必要な調査を十分に行いその安全性を確認したと主張し、<証拠>にもこれに沿う部分があるが、右証言によっても債務者村本建設が行ったとする地形・地質調査の具体的内容については必ずしも判然としない。<証拠>によれば、事前の地質調査として特に地表踏査を緻密に行いボーリング検査等各種の検査を実施したうえ、その調査結果を基に地層面の走向・傾斜等を記入した地質図や地質想定断面図を作成すべきであるとされているが、右のような緻密な地表踏査が実施されたことを窺わせるに足りる書面も前記内容の地質図等も債務者らからは全く疎明資料として提出されていない。してみると、かかる書面や図面は作成されていないものと推認され、現実に緻密な地表踏査等も実施されていない疑いが大きい。

ただ、<証拠>によれば、債務者村本建設は大同ボーリング株式会社に依頼して昭和四七年二月ころと同五〇年八月ころの二回にわたり本件開発区域のボーリング検査を行ったことが認められるが、それも<証拠>によれば同四七年の際にボーリングを六本、同五〇年に五本実施しただけに過ぎず、重点的調査の合理性が考えられないことは前述のとおりであって、これにより本件開発区域全体の地質の分布状況等を正確に知ることは極めて疑問であるといわざるを得ない。

また、債務者らの本件開発区域の地層・地質についての主張は前記土地分類基本調査に基づく「表層地質図」及び日本住宅公団関西支社作成の「近畿圏における地質系統分布図」の記載以上のものを出ないし、<証拠>によれば債務者村本建設は客観的な根拠が明らかでないのに本件開発区域内の地質をすべて均質としたうえで設計施工を行っていることが認められ、これらからすれば、結局のところ債務者らの地質等についての事前調査は誠に不十分なものに止まっているといわざるを得ない。

(二) さらに、<証拠>によれば、前記判示のような地形的特性を有する本件開発区域の造成工事に際しては、気象・降雨量調査、地下水位の実態調査、災害歴の調査等を詳細に行う必要があると認められるところ、債務者らにおいてそのような調査を行ったことを疎明する資料も提出されていない。従って、この点でも債務者らは格別な事前調査を行っていないことが推認される。

(三) なお、<証拠>によれば、債務者村本建設は昭和六二年ころ株式会社ランドシステム研究所に対し本件開発区域についての地形・地質の解析調査を依頼したことが認められるが、前記判示の事実に照らせば右調査は既に同債務者が本件造成工事に着手した後行われたものであり、しかも右疎明資料によればその調査結果は設計のマスタープランを作成する段階であればともかく、施工途中のものとしてはあまり意味のないものと解される。また、<証拠>によれば、債務者村本建設は同年ころ大同ボーリング株式会社に対し本件開発区域のボーリング調査と弾性波探査を依頼していることが認められるが、右もまた本来は設計段階若しくはその前段階において行われるべきものであり、この点からも債務者らの事前調査の不足が窺えるところである。

3  表土剥ぎ・段切り工事の欠如

宅地造成等規制法施行令四条四項は、傾斜地において盛土を行う場合に盛土と地山との境界部での滑りを防止し、かつ盛土と地山との接合を強めるため、「著しく傾斜している土地において盛土をする場合には、盛土をする前の地盤と盛土とが接する面がすベり面とならないように段切りその他の措置を講じなければならない。」と規定しており、特に前記のように地質状況の悪い本件開発区域にあっては表土剥ぎ及び段切りは極めて重要であると解される。

ところで、<証拠>は、債務者村本建設が本件造成工事中の盛土工事において表土剥ぎ及び段切り工事を完全に行ったと証言しており、<証拠>中にもこれと同旨の部分がある。また、債務者村本建設はこれを疎明する資料として<証拠>の写真を提出している。しかし、各写真を子細に検討すると、それからは盛土前の地山と盛土が接する面全部につき表土剥ぎ及び段切りを行ったか否かは不明であるし、しかも各写真中の盛土の状況等からすると右はほとんど盛土工事の終了する時点で撮影され、表土剥ぎについては単に一箇所が撮影されたものと認められる。ところで、およそ本件のような造成工事については工事過程の全容を報告する目的で工事状況を遂一撮影した詳細な写真が残されるのが通常であり、しかも<証拠>によれば、「施工前・中・後の写真を完備し、完了検査時までに提出すること」が本件開発許可の条件とされていることが明らかであって、表土剥ぎ及び段切りが前記のとおり切土・盛土工事では非常に重要な過程であることからすると、真に債務者村本建設がこれを完全に実施しているのであれば、各段階・場所におけるより明確な写真が多数存在しなければ不自然である。しかるに債務者らがそのような写真を疎明資料として提出していないことは、むしろそれが行われていなかったことを推測せしめるものであり、これに<証拠>を総合すると、債務者村本建設は右表土剥ぎ及び段切りをほとんど実施していなかったものと認められる。<証拠判断略>。

4  逆転型盛土と盛土の転圧不足

<証拠>中には、債務者村本建設は切土についても表土剥ぎを行っているとの部分があるが、右は前記盛土下部の地山の表土剥ぎ及び段切りについてと同様の理由で措信し難く、これを明らかにする写真等の提出がないことを考慮するとむしろ切土の表土剥ぎも行われていないと考えるのが自然である。これによれば債務者村本建設において有機質土等を含んだ表土をそのまま盛土材として使用した疑いが強く、盛土の下部に切土地山表層の有機質土や粘土質の土が配置されるいわゆる逆転型盛土が形成されている可能性がある。

次に、<証拠>によれば、盛土の締め固め作業に当たっては現場転圧試験を行ったうえその結果から機械の選定や締め固めの方法、回数等の管理基準を作って施行すべきであることが認められる。しかるに、債務者らが右現場転圧試験を実施したことを認めるに足りる疎明資料はなく、また、債務者らの弁論の全趣旨からすれば、盛土の締め固め作業について債務者村本建設は本件開発区域の岩質が一様であるとの前提で盛土全体につき一律に行っていることが認められ、後記のとおり本件造成工事の後盛土が大きく変形している状況を併せ考慮すると、本件の盛土につき転圧不足を生じた可能性があるものと認められる。

5  盛土擁壁の欠如と安定計算の不備

(一) 本件造成工事における東側盛土の高さが当初の設計では二五メートルとされ、その後設計変更で九メートル嵩上げされ三四メートルとされたこと、その法面の勾配が約三四度であること及び右法面が擁壁で覆われていないことは当事者間に争いがない。

(二) ところで、宅地造成等規制施行令二三条、一条によれば、盛土のうち勾配三〇度を超える「がけ面」については、土質試験等に基づき地盤の安定計算をした結果がけの安全を保つために擁壁の設置が必要でないことが確かめられた場合を除き擁壁で覆わなければならないと定められている。

そこで、この点につき検討するに、前記のとおり本件造成工事の盛土には「がけ面」が生ずることとなり、かつ擁壁が設置されていないところ、<証拠>によれば、本件造成工事の設計に当たって右盛土がけ面につき安定計算はなされていないことが認められる。従って、債務者村本建設の右設計には重大な瑕疵があるというべきであり、前記施行令の違反はその性質上右設計施工の安全性を疑わしめるものである。

この点、債務者らは奈良県において内規により盛土法面に法枠を設置すれば擁壁を設けなくても法面勾配一割三分(約三八度)以内までは安定計算を行う必要がないとされており、債務者らは右内規に従った旨主張するが、右のような内規の存在を首肯するに足りる疎明資料はないし、右工法が宅地造成等規制法施行令に定める基準に匹敵する安全性を有することの疎明はなく、右基準を緩和したものとすれば、かかる安全性を軽視した内規が存在するものとはにわかに措信し難いところであり、右主張は採用できない。

(三) ところで、債務者村本建設は本件造成工事の着手後盛土施工の段階で安定計算を行ったとしているが、本件記録によれば、債務者らは当初安定計算は行っていないと主張していたこと、債務者村本建設により安定計算書が当法廷に提出されたのはその存在が問題となったはるか後の平成元年一一月二二日であることが明らかであり、右の事情からすればその安定計算の時期についても疑念が生じるところであるし、以下の点において内容についても十分な客観性を有するか否か疑わしい。即ち、右の安定計算の前提となる三軸圧縮試験につき<証拠>を検討するも、これに用いられた試料の採取場所や採取の基準等が明確ではなく、むしろ<証拠>によれば、右安定計算は盛土材の内部摩擦角(φ)及び粘着力(C)の数値を高く取り過ぎていること、盛土の地下水位を考慮していないこと、地震時を考慮していないこと、地山層を通る滑り面につきほとんど検討されていないこと等の問題点が残るところであり、右は安定計算としては不十分なものといわざるを得ない。

(四) また、<証拠>によれば、砂防指定地審査基準においては盛土の高さは原則として最高一五メートルまでとされているところ、前記のとおり本件東側の盛土は三四メートルもの高さがあるから、この点で本件造成工事は右審査基準に適合しないものであり、しかも右基準を逸脱した程度が極めて大きいことからすると、これによる災害発生の危険性は著しく高いというべきである。

なお、債務者らは、奈良県では地区特性に応じ砂防指定地審査基準とは異なる指導を行うことがあり、債務者らはこの指導に従ったものであると主張しているが、前記盛土高を容認することは安全性を著しく損なう方向でその基準を緩和してしまうこととなるし、本件開発区域において右のような盛土高を認めるべき地区特性がどのようなものであるか全く明らかでないことから見ても、右主張は採用できない。また、債務者らは前記審査基準に「原則として」との文言があることをもって盛土工事が適式であることの根拠とするが、前記のとおり現実の盛土高が基準の二倍を越えることからすれば、到底右の解釈を是認することはできない。

6  水平排水層の欠如

(一) <証拠>によれば、前記砂防指定地審査基準においては盛土に直高五メートル毎に巾一メートル以上の小段を設置すること、小段のある盛土には、土質に応じ小段毎に暗渠工を設け速やかに盛土内の浸透水を排除するものとすること等が定められている。

この点につき、関係疎明資料によれば、本件東側盛土については直高五メートル毎に小段が設置され、盛土部の最下部谷底に内径五〇〇ミリメートルの地下排水管が埋設されていることが認められるものの、右審査基準に定めるように盛土の小段階毎に暗渠工が設置されていないことは債務者らの弁論自体からも明らかであり、本件造成工事は右の点でも前記審査基準に適合していないものである。

(二) ところで、<証拠>は本件開発区域内の東側盛土内の浸透水の流下能力を高めるために、当該盛土の四段ある小段の中段に直径五〇ミリメートルの水平排水管を放射状にして一層敷設し、盛土内を縦に通した集水筒に接続させた旨証言しており、債務者村本建設は右の疎明のため<証拠>を提出している。しかし、右各号証によれば確かに前記盛土内に盲排水管が一本敷設され集水筒らしきものに接続された状況が窺えるものの、右各号証を<証拠>と対比させると、右排水管が敷設されたのは完成時の盛土上部平面からせいぜい数メートル下に過ぎないことが認められ、かつ立道証人が述べるように放射状に排水管を配置されたか否かも疑わしい。この外右証人立道の証言は全般的に矛盾点が多く曖昧でかつ変遷を繰り返しており、たやすく措信することができない。結局、前掲各疎明資料によれば、債務者らの主張する水平排水管は、内径一〇〇ミリメートルのものが東側盛土の最上部に近い位置に埋設されているに過ぎないものというべきである。

<証拠>によれば、本来盛土内部に盲排水管ないし水平排水層を設置するのは、浸透水によって盛土内若しくは盛土と地山との境界面の滑りを防止するためできる限り速やかに浸透水を外部に排出する必要があるからであると認められる。そうすると、前記のように水平排水管を一本だけ盛土最上部に入れたとしても浸透水の排出にさしたる効果は期待できないものと解さざるを得ない。

(三) 結局、本件造成工事は盛土内の排水設備の点でも前記砂防地審査基準に適合しておらず、これに関する工事内容は実質的に見ても危険性の窺われる杜撰なものであるといわなければならない。

7  沈砂池の容量不足

<証拠>によれば、砂防指定地審査基準は砂防指定地内の造成工事につき約一〇ケ年分の貯砂容量をもつ沈砂池を作るものとしていること、本件開発区域東側谷の沈砂池の留砂能力を年当たり一九三立方メートルとし同審査基準所定の数式に当て嵌めて計算すると、年一ヘクタール当たりの流出土砂量を一〇〇立方メートルとすれば一年間での右沈砂池の余裕率は九一パーセント、二〇〇立方メートルとすれば同余裕率は四六パーセントとなること、従って右沈砂池については年に一回ないし二回以上の浚渫を必要とすることになり、砂防指定地審査基準の前記基準には到底足りないことが認められる。

債務者らは、本件造成工事完成後沈砂池は管理者において定期的に浚渫等の保守管理行為を行うことが予定されているからその沈砂能力は十分であると主張する。しかし、前記の基準は洪水等による集中的な大量の土砂流出に備えて設けられていると解され、保守管理行為によってはそのような洪水による被害を防止できないこともあり、常時の危険に対処できないから、右主張は理由がない。また、債務者らは、現に本件開発区域内東西二箇所に設けられた永久沈砂池は完成後一年を経過した時点でも堆砂量はわずか一〇センチメートル前後で全くメンテナンスの必要性が生じていないとも主張するけれども、堆砂量が右主張の程度を超えない客観的な証左がない以上たまたま一年の堆砂量のみをもって容量不足を正当化する根拠とはなし得ない。

8  調整池の不設置

本件造成工事において調整池が設計施工されていないことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、本件造成工事については砂防指定地審査基準に基づき造成開発によって生じる流量の増加を一時的に貯留し下流河川の能力に見合った流量を排水することにより下流域を洪水等の災害から防止する目的で、調整池を設置することとされていること、しかも本件開発区域については前記判示のとおり大和川流域調整池技術基準に基づいてこれを設計施工すべきこととなる。

債務者らは、宅地造成により流出量が増加し流末河川に影響を及ぼす場合、これを抑えるためには造成地区内に調整池を設け水を溜める方法と、流末河川を改修しその流下能力を高める方法があるところ、本件造成工事では後者の方法が採用されており、奈良県の指導のもと本件開発区域南端水路から下流の河川断面を測定し、各断面における最大降雨時(毎時一〇九ミリメートル)の流出量と現況の流下能力とを対比し能力不足だった部分は改修を行ったと主張するが、集水流域や流出係数等との関係は不明確であるのみならず、かかる流末河川の改修による方法が現実に運用されていると首肯するに足りる十分な疎明もないから、債務者らの右主張は直ちに採用できないところである。

してみると、債務者らは本件造成工事において前記大和川流域調整池技術基準が求めている安全性確保のための調整池を設計施工すべきであるのに、これを怠っているものというべきである。

9  盛土上部の水溜りの発生と盛土の変形

(一) <証拠>を総合すると、平成元年九月二日から七日までの六日間の合計約二四五ミリリットル(多い日で一日当たり約一三〇ミリリットル)の降雨があった結果、本件開発区域内の東側盛土の上部に大きな水溜りが発生し、降雨後数日間も右の水溜りが消失しなかったことが認められる(東側盛土上部に降雨後水溜りができたことは当事者間に争いがない。)。

右の現象は、盛土内の排水が著しく不良で浸透水が容易に排出されずかつ地下水位が高いことを示しており、盛土内部の排水設備の能力が不十分であること、盛土材料が悪く前記の逆転型盛土となっていること等を推測させるものである。

(二) また、<証拠>を総合すると、平成元年一〇月ないし一一月ころまでに本件開発区域内東側盛土のコンクリート製法枠に多数の亀裂、ズレ、破損、隙間等が生じていること、同盛土法面左端部のコンクリート製側溝や同盛土部東側のコンクリート製水路等でも亀裂やズレ、空洞等が多数生じており、右亀裂等から雨水等が盛土内に流入していること、更に西側の浄化槽付近の盛土法面のコンクリート製構造部には亀裂が生じていること、右亀裂等に対しては債務者らにおいてある程度修理を施しているものの、修理後更に亀裂等が拡大したと窺われる部分もあることが認められ(東西の盛土の法枠等に亀裂が生じていたことは当事者間に争いがない。)、この認定に反する疎明資料はない。

債務者らは、右の現象は通常一般的に生じる盛土の沈下によるもので必然的に生じるものであるから、沈下後その状況に応じて法枠等構造物を補修すれば足りる旨主張するが、前記疎明資料によれば通常の沈下は盛土施工から一年後ころ最も進行し、その後は急激に少なくなることが認められるのに、本件において右亀裂等が盛土完成後一年以上経過した後に発生し、かつ進行していることからすると、通常の沈下に伴うものとはたやすく解し難い。むしろ<証拠>によれば、右の現象は水みちの発生等によって盛土が移動変形したことから生じた疑いがあり、従ってこの点からも盛土崩壊についての危険性が窺われるところである。

三  本件各工事についての手続上の問題点

1  本件造成工事のような傾斜地を切土・盛土することにより開発を行う場合には、付近住民に対し工事に起因する災害発生の危惧、安全平穏な生活に対する侵害のおそれを与えるのであるから、工事を実施しようとする者はかかる危険性の有無を事前に十分調査検討し、かつ具体的な災害防止安全対策についての計画及びその効果をも十分に検討すべきことは当然である。更に、本件開発区域付近の地形や発生の予測される災害の態様、右開発区域と債権者ら宅との距離・位置関係等に照らすと、後記のようにかかる災害が直接付近住民の生命・身体に極めて甚大な被害をもたらすおそれがあるから、条理上債務者らは債権者らに対してこれらの調査検討の結果を誠実に説明すべき義務を負うものというべきである。

そこで、これを本件について見るに、債務者らは前記判示のとおり事前の地形・地質についての調査を尽くしたとは到底いい難く、むしろ極めて杜撰な調査に終始したというべきである。また、本件訴訟の審理経過等に鑑みると、債務者らは住民である債権者らの再三にわたる要請にもかかわらず、債権者らに対し工事の安全性、災害の危険に対する安全対策とその前提となる資料を積極的に示そうとしなかったことは明らかである。従って、この点で債務者らには義務違背があったといわなければならない。

2  債務者らが本件造成工事につき着手後まもなく切土勾配・盛土高等につき大幅な設計変更を行い、そのまま工事を続行したうえ、昭和六三年六月二〇日に至り右変更後の工事につき開発行為の変更許可及び新たな宅地造成工事の許可を奈良県知事から受けたことは既述のとおりであり、右の経過に照らせば、債務者らの同六三年の各許可までの間の工事は無許可のまま行われたものと解さざるを得ない。

3  なお、右設計変更の理由につき、債務者らは、変更前の設計内容でも安全性は十分確保できたが圧迫感を考慮し付近住民の不安感を除去するためにしたものであると主張する。しかし、右設計変更が本件仮処分手続において債権者らに知らされたのは昭和六三年七月に至ってからであることは当裁判所に顕著であり、これからすれば債務者らの右主張は肯認し難い。むしろ、前記認定各事実に照らせば右設計変更は切土予定地の岩盤状況が不良であったことからその勾配を緩やかにする必要があったためであると推認することができる。

四  まとめ

以上に判示したとおり、本件開発区域は地形的・地質的に崩壊、地滑り、土石流等の災害を生じ易い地域であるところ、安全性に関する債務者らの事前調査は極めて不十分であり、しかも本件造成工事の設計施工には工事の安全性に関する事項につき法的規制に違反し若しくは技術基準に適合していない点が少なくない。これらの事実を総合すれば、本件開発区域においては地震や集中豪雨等をきっかけにして盛土の崩壊や地滑り、土石流等が起こり、あるいは豪雨等によって沈砂池があふれ河川の氾濫が発生する危険性があるものと考えられる。しかも、右開発区域と債権者ら宅との距離・位置関係等に照らすと、右の災害が発生すれば、本件開発の規模からみて、それにより右開発区域に近接して居住、生活する債権者らの生命、身体等に直接かつ甚大な被害が生じる蓋然性が高く、ことに前記各疎明資料によると、土石流が発生すれば地形的に見てその被害は西名阪自動車道北側の関屋地区全体に及ぶ可能性があるといえる。従って、少なくとも関屋地区に居住する別紙当事者目録記載の番号一ないし六三四番の債権者らについては本件各工事に起因する災害によって生命・身体に被害を蒙るおそれがある。

債務者らは、本件においては奈良県から開発行為及び宅地造成工事の各許可を受けており、しかも既に所定の工事完了の検査済証が交付されている点を、本件造成工事が安全性を有することの根拠として主張している。しかし、前記のように本件造成工事については多くの点で技術基準に適合していない部分があり、しかも設計変更後の工事については無許可のまま実施された経過があるにもかかわらず、それが特段問題とされたような形跡も窺えないまま右各許可が発せられかつその後検査済証がそのまま債務者谷岡学園に交付されている事情からすると、到底前記各許可及び検査済証の交付をもって安全性を根拠付けるものとは認め難く、むしろ右のような奈良県の対応には疑問が残るところである。

また、債務者らは、本件各工事による災害発生の危険性はないと主張し、<証拠>中にはこれに沿う部分がある。しかし、右各疎明資料中に示された本件各工事の安全性の根拠はいずれも不十分なものに過ぎず、前記判示の諸事実及び前掲各疎明資料に照らすと措信することができない。

第四  工事完成後の交通問題等による被害のおそれについて

債権者らは、関屋駅前周辺の整備と本件道路の幅員が九メートル以上に拡幅されないまま本件各工事が完成した場合、学生や大学関係者並びにその車輌によって工事中同様に本件道路及び駅前周辺において交通問題が生じるとともに、周辺住宅地への違法駐車が増え種々のトラブルが発生し、債権者らの生命、身体、健康が脅かされると主張する。しかし、前記認定の本件道路及び関屋駅前付近の状況等を参酌しても、本件各工事の完成によって右主張のごとき被害が発生するであろうと認めるに足りる疎明資料はない。従って右の主張は理由がない。

第五  被保全権利と保全の必要性について

一  前判示の各事実によれば、本件道路における工事用車輌による被害ないし工事完成による被害のおそれを根拠とする本件各申請は、いずれも被保全権利の存在及び保全の必要性を欠くものというべきであり、失当を免れない。

二1  前記認定の本件開発区域の地形・地質上の問題点や本件造成工事の設計施工上の欠陥・不備に関する事実に照らすと、このまま本件造成工事を続行しあるいは本件建築工事を着工すれば、かかる不完全な造成工事自体によって若しくは造成地上の学舎の存在とその荷重のもたらす危険性の増大によって崩壊、地滑り、土石流若しくは河川の氾濫等の災害が発生し、別紙当事者目録記載の一番ないし六三四番の各債権者らの生命、身体に甚大な被害を及ぼすおそれがあることは前記のとおりであり、してみると本件各工事の継続は右債権者らの人格権を侵害する行為に当たるというべきである。

ところで、人格権の侵害行為に対しては、行為の態様、目的、公共性、被害者の蒙る被害・不利益の内容や程度等諸般の事情を比較衡量し、その被害が社会生活上受忍すべき限度を超えている場合に限りその差止を求めることができると解すべきである。そこで、本件各工事の着工及び続行の差止につき検討するに、本件各工事の着工ないし続行によって前記のような災害が生じれば、その影響下にある前記当事者目録記載の番号一ないし六三四番の各債権者らは生命・身体の安全性を直接害される等極めて甚大な、容易に回復し難い被害を受ける蓋然性がある。これに対し、右差止によって債務者らの受ける不利益は小さいとはいえず、かつ本件各工事は大学々舎の移転を目的とするものであり公共性も認められるところではあるが、債権者らに生じるおそれのある被害の重大性、損害回避の困難性、急迫性と、これに加えて本件各工事についての前記手続的問題点等を考慮すれば、右被害は受忍限度を超えるものといわざるを得ない。従って、別紙当事者目録の番号一ないし六三四番の債権者らは、人格権に基づき本件各工事の差止を求める権利を有し、かつ被害防止の緊急性、本件各工事が完成すると回復が事実上不可能となること等を考慮すると、右差止について保全の必要性が認められるところである。

2  これに対し、別紙当事者目録記載の番号六三五ないし六八一番の債権者らについては、その住居が本件開発区域から比較的離れていること等からすると、前記災害が発生したからといってその生命、身体等につき被害を蒙るおそれがあるとは直ちに解し難く、この点につき災害発生との因果関係を肯認するに足りる疎明資料もない。よって、右債権者らの本件各工事の差止申請は理由がない。

3  債務者らは、本件造成工事については既に完成しているからその差止は保全の必要性を欠くと主張するが、右工事について完工検査がなされたとはいえ、右工事は本件建築工事と一体のものであり、建築工事との関連における続行の余地は否定できないから、右主張は採用することができない。

4  なお、債権者らは本件仮処分における被保全権利として環境権の存在をも主張するが、環境権は各個人の権利の対象となる環境の範囲や内容等が不明確であり、しかも私法上の具体的権利として首肯すべき実定法的根拠が曖昧であるから、右見解を採用することはできない。

三  債権者らは、本件仮処分において本件災害防止工事の実施を求めるところ、前記認定の各事実によれば、本件造成工事には法令違反ないし技術基準に適合しない点が多数あり、これによって災害発生の危険性が生じているのであるから、債務者らは前記関屋地区居住の債権者らに対し、前記各法令及び技術基準に適合するよう防災工事を行い、災害の発生を未然に防止すべき義務を負うものといわなければならない。しかし、本件工事の現段階において、具体的にどのような防災工事を実施すれば災害を防止するのに適切であるかは本件全疎明資料によるも必ずしも明らかではないし、右仮処分申請の趣旨自体から必要かつ相当とされる防災工事の具体的内容が特定されているともいい難く、本件各工事の規模、内容に照らし、作為を仮に命ずる工事内容の表示としては相当でない。よって、右申請は失当を免れない。

四  次に、債権者らは、本件各工事の工事用車輌の本件道路における通行を禁止することを求めるが、右工事用車輌の通行自体が債権者らの権利利益を直ちに侵害するものとはいえないことは前記のとおりであり、かつ本件各工事の着工及び続行を禁止する以上これと別に右工事用車輌の通行を禁止するにつき保全の必要性があるとはいい難い。従って、この点の申請も失当というべきである。

五  さらに、別紙当事者目録記載の番号六三五ないし六八一番の債権者らにつき予備的申請の当否を検討するに、前記二2に既述したとおり右債権者らについては本件各工事の差止申請を是認することができないのであるから、予備的申請を認容する余地はないものといわざるを得ない。

第六  結び

以上の次第で、債権者らの本件申請は、別紙当事者目録記載の番号一ないし六三四番の債権者らのために本件各工事の着工及び続行の禁止を求める限度で理由があるから、保証を立てさせずこれを認容することとし、その余の右債権者らの各申請及び同目録記載の番号六三五ないし六八一番の債権者らの本件各申請はいずれも理由がないからこれを却下し、申請費用につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白川清吉 裁判官 松本克己 裁判官 安間龍彦)

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